原田コラム

2021/01/29

ジュエリーアドバイザーの仕事帖⑫

「ジュエリーは壊れる」

「なぜ、リングの地金をこんなに厚く作るのですか?」「ヨーロッパのジュエリーのようにもっと繊細に作ったほうがエレガントではないでしょうか?」とまだ若かった私は怖いものなしで、当時すでに日本のジュエリーデザイナーのトップに上り詰めていた方に詰め寄りました。「これでいいのよ。日本のユーザーはこのくらい丈夫に作らないと直ぐに変形させてクレームになるの。ヨーロッパのユーザー並に扱いを分かっている人は限られているから。」と冷めた回答が返ってきました。若造ながら日本のマーケットを知り尽くしている業界の先輩の言葉に違和感を抱いたことを今でも鮮明に覚えています。

ヨーロッパは伝統的に階級社会であり、ジュエリーを購入する層はある程度のクラスに属していてジュエリーのTPOや扱い方に精通しています。翻って日本はジュエリーの歴史が浅く、扱い方に慣れていない方が多いのも事実です。郷に入っては郷に従えとは言いますが果たしていつまでもその考え方のままでよいのでしょうか。

確かに結婚指輪に代表される貴金属メインのジュエリーは何十年と着けっぱなしにする人がおり耐久性が必要とされます。一方、宝石がメインのジュエリーではどうでしょう。宝石の美しさを引き出すためには宝石を支えている貴金属が少ないことが理想とされます。これがMinimum Metal(ミニマムメタル)Maximum Gem(マキシマムジェム)の考え方です。もちろん身につけたら直ぐに壊れて宝石が外れるようでは困りますので、最低限の耐久性は必要です。大切なのはジュエリーの中には美しさを引き出すために工芸作品のように繊細なものがあり、そう言ったジュエリーの扱いには注意が求められると言うことです。

Minimum Metal Maximum Gem

ジュエリーが壊れて売り場に持ってくる方の多くが「何もしていなのに壊れた」とおしゃります。ジュエリー自体の耐久性に問題があることもありますが、マジックではないので何もせずに壊れることはありません。誤解を防ぐためにも販売時には「扱いによってはジュエリーは壊れます」とはっきり伝えることです。作業時には外すのは当然のことながら、意外なケースとしては両手にはめたリング同士が拍手することで当たって変形すると言った事例があるのも覚えておいて頂きたいところです。とは言っても腫れ物に触るように扱う必要はありません。使っていて自然につく擦り傷程度なら磨き直せば殆ど元に戻るので神経質になることはありません。

万が一壊れてしまったとしても殆どの場合修理は可能です。プラチナやゴールドで作られるのは腐食しづらい事だけでなく修理が容易な点も理由です。特にプラチナは宝石の装身具の素材として優秀です。粘性が高いために宝石を留めた爪が外から衝撃を受けても摩耗せずに伸びて宝石をホールドし、直ぐに外れるのを防いでくれます。

プラチナの爪が衝撃で伸びる(使用前、使用後)

世代を超えて楽しめてこそジュエリーです。大切に使って長い間宝石の美しさを堪能して頂きたいと思います。